初心者から辞書なしで洋書が読めるようになった・私の体験記

英語ができなかった私が、辞書なしで簡単な洋書(絵本)から読み始め、今では大人向けのペーパーバックを辞書なしで読めるようになりました。どのようにして辞書なしで洋書を理解し、語彙を増やし、読めるようになっていったかを、読み始めてから今日まで欠かさずつけている記録をたどり、できる限り詳細に公開します。

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辞書なしで洋書を読み始める前の英語力

洋書

おそらく「いったいどれぐらいの英語レベルだったら、辞書なしで洋書を読むことができるのだろう」という疑問を持つ人がいると思うので、少し長いですが前置きとして、辞書なしで洋書を読み始める前の私の英語力について説明します。

学生時代の英語レベルは底辺に位置していた

もともと英語は大の苦手で大嫌いでした。学生時代はまともに勉強した記憶もなく、文法は中学生レベルもわかっていませんでした。高校卒業時は中1レベルの英語もわからないくらいでした。中学1年の英語授業で助動詞の”do”が初めて授業で出てきた時から、英語の授業中私の思考は停止したまま高校卒業を迎えたのでした。それぐらいのレベルです。

そんな私が20代半ばで海外旅行し、英語が全くできない自分が嫌になり、駅前留学しました。英会話教室に通い始めたのです。そこで2年ぐらい通っても、初級レベルから抜け出すことはできませんでした。英検3級を取ったのが2年間の成果でした。

20代後半に経験した英語環境の職場で四苦八苦

そんな私がひょんなことで、アメリカ系企業への転職に成功しました。入社してみると考えていた以上の英語環境が待っていて、顔面蒼白になりました。幸運なことに私はその会社で英語教育も受けさせてもらい、英語で英語を一から学ぶことになりました。そうなんです。私の今の英語力の基礎になっているのは、英語を英語で学んだ経験なんです。日本の中学高校で学ぶような「英語の知識」ではないということです。

英語の資格としては、その会社を退社するまでにTOEIC410から760に上がり、英検2級まで取得できました。とはいえ、およそ7年もその会社にいたにしてはお粗末なレベルです。相変わらず英語に対する劣等感は強かったです。最も苦手なのは話すことでしたが、ビジネス英語しかも自分の仕事に関わる会話は知っている単語ばかりなので意外と簡単なのです。入社時は全く理解できなかった会議の内容が、退社する頃には理解できるようになっていて、発言も少しですができるようになっていました。

英語環境の職場で一番伸びたリーディング力とライティング力

英語環境で働いて、私が最も伸びた英語スキルはリーディングとライティングでした。かなりの量の文章を英語で書かねばならなかったので、会社にいたおよそ7年の間に、人が読んでわかりやすい英語を書くことはできるようになっていました。書くためにはまず読めなくてはなりません。話すためにはまず聞けることが必要なのと似ていますね。

報告書と電子メールを書く量が半端なく多く、研究開発の仕事をしていたのに、実験室にいる時間よりも圧倒的に机で英文を書いていた時間のほうが長かったです。そんな状況でした。書く量が半端なく多かったと書きましたが、読む量はそれの何倍もありました。ただ読んで終わりではなく、必要な情報と不要な情報の判断をしたり、必要な情報のうち、自分がアクションを起こさねばならないものがあるのかの判断、もちろん内容の理解もしなくてはなりません。

辞書を引く時間的余裕がないほど追い詰められた経験

それこそ必死で英文を読む毎日でした。必死で読んで理解しなくては仕事が終わりませんので。辞書なんて引いている時間はありませんでした。どうしてもわからない単語だけ、数を絞りに絞って辞書を引いていました。

意外とこれが慣れれば辞書なしでもなんとかなるものです。なぜなら必要な情報イコール自分に関わることがほとんどで、それはつまり毎日仕事で慣れ親しんでいる言葉が多かったからです。たまに知らない単語が出てきても、前後から推測することはそんなに難しいことではありませんでした。バックグランドを熟知していることが、英文の意味を理解するときにいかに役立つかということを、ここで身をもって体験しました。

仕事をやめて英語もやめた時期の英語力

言語は使わないとどんどん衰えていくものです。もう反射的に英語が口から出てこなくなり、英語を読む必要性もなくなると、自分でも気づかない間にさび付いてしまいました。あの時の私は何だったんだろう・・・です。

急に焦りが出て、付焼刃的に問題集をやって英検準1級を受けてみましたが、残念な結果になりました。やはり私は英語が大の苦手で、英語の勉強が大嫌いなのは変わっていませんでした。そこで何か勉強ではないことで英語を始められないかと探していたときに、辞書を使わずに洋書を読む「多読」というものに出会いました。ここまでが私が辞書なしで洋書を読むようになる前の英語レベルについての話です。

洋書を辞書なしで読む「多読」を始める前に、以前会社で受けていたTOEICを受けてみることにしました。結果は670(L390/R280)でした。元々英語が全然できなかったので、英語から離れると数年でかなりの衰え。あるいは社内の、特に自分の業務の範囲内に限定される英語力、というより語彙力だったのかもしれません。リーディングのスコアのひどい状態が痛いですね。

辞書なしで洋書を読む!私が初期に読んだ洋書の内容・レベル

やっと本題に入ります。私の洋書多読記録の始まりは2005年の8月21日です。記念すべき一日目に読んだ読書記録をまず見てください。

辞書なし第1日目に読んだ洋書

初日に5冊読んでいることがわかります。5冊のうち、一番少ない語数が『The Rope Swing』というタイトルで77語です。どれぐらいのレベルかは、YouTubeに動画がありましたので、そちらで確認してください。

どうですか?超簡単な洋書ですよね!この洋書は、イギリスで副読本用の教材として小学校で使われていると聞いたことがあります。

それからもう一つ注目していただきたいのは、感想の欄です。字が小さいので、以下に順番に書き出してみます。

  • 1冊目:最後にほろっときた
  • 2冊目:ふーんって感じ
  • 3冊目:うさぎが隅っこにたくさん描かれていた
  • 4冊目:なのはちゃんを想ってしまった
  • 5冊目:少し悲しいけど、最後はとく終わった

嫌になるほど稚拙な感想ですね!おそらく何となくしか内容がわかっていないか、洋書絵本を読む感性がないような文章です。洋書を読んで楽しそうとはとても思えません。自分の感想文なので、かなり辛口に書いていますが。

私が言いたいことは、「はじめの頃の読後感は、稚拙でも一向にかまわない」ということです。むしろあまり高望みしないほうが、後々うまくいくように思います。

初めの1か月で読んだ洋書の量・レベルと理解度

次に辞書なしで洋書を読み始めて1か月経った時点でどれぐらいの量の洋書を読んだのか、レベルはどれぐらいか、感想文はその後変化があったのか?について見ていきましょう。まずは読んだ洋書を表にまとめてみました。

1か月間で読んだ洋書

1冊の語数が1,000語以上ある洋書をたくさん読んでいます。1か月で読んだ洋書の冊数は56冊で、1か月で読んだ英語の総語数が92,854語でした。初めの1か月は平均すると1冊あたり1,658語の洋書を56冊読んだのと同じになります。

ところでこの時期、私が英語を読むスピードは超スローペースで、1分間で70語程度です。総語数が1,658語の洋書を当時の私が読むとすると、読了までにかかる時間は24分程度です。30日間で56冊読んでいるので、だいたい一日1-2冊ほど読んでいるとすると、この頃の一日の洋書を読むのにかけていた時間は30-40分ぐらいと思われます。当時通勤のバスの中で読んでいたので、行き返りで30-40分というのは妥当です。

理解度についてですが、私の記憶によると当時はストーリーの展開を追うのが精一杯、つまりあらすじ的に「誰がこうしてあれがこうなった」という風にしか理解できていなかったように思います。だから感想文も味気ないものになっているように思います。もちろん文章力の無さも大いに影響していると思います。

一つ例をあげると、『Little House』という絵本があります。この絵本を読んだ私の感想はこうでした。
「Little Houseのまわりがどんどん都会になっていくに従って寂しい気持ちになった」

『Little House』はVirginia Lee Burton著でアメリカで出版された優れた絵本に贈られるコルデコット賞を受賞しています。今でも時々読み返したくなる絵本の中の1冊です。大人が読むと時間の流れ、時代の移り変わりをしみじみと、どこか物悲しさも感じる作品です。けれども当時の私はそこまで英語を読んで感じる余裕がなかったのではないかなと感じます。

辞書なしで洋書を読み始めて半年後に読んでいた洋書のレベルと理解度

半年後の私は、児童書も読み始めていました。チャプターブックと呼ばれる章立てになっている本で、絵が挿絵程度にところどころに載っていて、ぱっと見文字ばかりです。けれどまだ字は大きく、開いた瞬間「うわっ!英語がぎっしり詰まってる!」という感じはしません。

この頃読んでいたのは、シリーズものが多く
Mr. Putter & Tabbyシリーズ
Nate the Greatシリーズ
The Cobble Street Cousinsシリーズ
Marvin Redpostシリーズ
A to Z Mysteriesシリーズ
Catwingsシリーズ
などを読んでいました。上から易しい順に書いています。総語数800語ぐらいのものから8,000語ぐらいのものが中心でした。

絵本も引き続き読んでいたし、読みやすいということでGraded Readers(Oxford BookwormsやPenguin Readersのレベル2あたり)もよく読んでいました。けれど児童書の面白さに比べると、Graded Readersは英語が読みやすいだけで、どうしても英語を読んで楽しむというよりは、英語を読む練習をするという気分になりがちで、あまり面白くありませんでした。

この頃の私は、絵のない児童書やチャプターブックに異常なほど強い憧れがあり、そういう洋書を早く読めるようになりたくて仕方がありませんでした。今思えば、当時の私にはややレベルが高すぎと思われる洋書ばかりを読んでいました。

そのため理解が追い付いていなくて、読書記録を書く際にはまずインターネットで同じ洋書を読んだ人の感想を探して、自分が間違っていないかを確認した後でなければ書けなかった記憶があります。一応は読んだけれど、細かな部分まで理解できていなくて、雑なあらすじ程度の理解のときもありました。「何がどうしてこうなった」という理解しかできていないことが結構あったように思います。一つ例をあげると、A to Z Mysteriesシリーズの第2巻の感想はこうでした。「いつもの3人、銀行強盗を撮ったビデオを探すことに。後半のハラハラ感がよかった」。やっぱり厚みがないですね(笑)

100万語読むごとに振り返った日々ー辞書なしで洋書を読んで何を得た?

洋書絵本

次は年月ではなく、100万語読む毎にどんな変化があったかを見ていきましょう。100万語とはどれぐらいの洋書の数なのか、それだけ読んでどう変わったと感じたのか、読み方は変わってきたのか、語彙は増えていったのかについても言及していきたいと思います。

何も変わらないと思った100万語到達時

100万語の英語を読むのに1年5か月かかりました。ここまで来るまでに213冊の洋書を読みました。当時の気持ちを別ブログにこのように書いていました。

相変わらず読むスピードは遅い、理解できない語彙が多い。100万語到達したからといって、英語が流暢に話せるようにはならない。

特に何も変わっていないように感じていました。でもやめようとは思っていなくて、楽しいから続けたいと書いています。今思えば、私の英語の基礎になっている「英語を英語で学ぶ経験」は、学校で英語を学科として勉強した人の思考と、根本から違っていたのかもしれません。

英語の文章は辞書で日本語の意味を探して理解したり、英文の文法的な構造を理解して意味を日本語で理解したりしなかったから、洋書を読んであまり理解できていないくても楽しいと思えたのでしょう。ものすごく雑な言い方をすれば、適当に読んでなんとなくわかる程度でも満足できていたということです。

100万語ごときでどうこうなるものではなかったのだ

このようにも感じていました。それを身に染みて感じたということは、言語を習得するとはどういうことなのかがわかってきた時期なのではないかと思います。「たった〇〇だけで」という宣伝文句は嘘っぱちだということを見抜くセンスを持てるようになっていたということです。

英語力がアップした実感は全く持てなかったものの、この時点で私は英語の多聴(たくさん聞くこと)と音読・シャドーイングにも興味を持ち始めて、多読と同時進行で進めていました。このことはとても大きな収穫だと思います。なぜなら英語を読むだけでは総合的な英語力は上がりません。英語を口にしてみたり聞いたりすることは絶対に必要であり、読むのと同様に多くの時間を割かなくては上達しません。

当時は気が付いていませんでしたが、聞いたり音読したりと興味が広がり楽しくそれらを実践できるということは、総合的な英語力アップに絶対必要な要素です。まさに100万語で私はようやく入り口に立てたということになるのでしょう。

100万語達成した時の気持ちを書いたブログです。↓

とうとう洋書の多読、100万語を通過しました。夢のような目標だった100万語地点の景色。そこはゴールではないことに気づきました。すばらしい景色ではありますが、そこからまだ上の世界があることがわかりました。

知らない単語があっても気にならなくなった200万語到達時

200万語に到達するまでに552冊の洋書を読みました。200万語を超えたときの感想に、200万語なんてまだまだ量が少ないと書いていました。もっと早く英語を読めるようになりたい、もっと語彙を増やしたいという気持ちでした。語彙不足を痛感するほどいろんな英語に触れていたと考えることもできますね。読むことで触発されて、さらにもっと読みたいと思うという好循環が生まれています。

100万語到達時には感じられなかった変化も綴られています。

最近は知らない単語があってもスピードを落とさずに読めるようになりました。気にもなりません。・・・苦にならないって言ったほうが正確かもしれませんが・・・。

この頃から知らない単語があっても気にならないくらいに、自然に文脈から意味をくみ取ることが出来るようになっていたのでしょう。日本語を読むときの感覚に近づいていると思います。

200万語達成した時の気持ちを書いたブログです。↓

『Little House In The Big Woods』を読みました。この本で200万語を通過しました。Little Houseシリーズは初めて。古いアメリカの時代に浸りながら、このシリーズを読んでいきたいと思います。

本当の英語力とは英語運用力であることに気が付いた300万語到達時

300万語に達するまでに、トータルで650冊の洋書を読みました。300万語に達した時の気持ちをこのように表現していました。

どう考えても200万語のときよりも、今のほうがスラスラ読めているし、以前難しいと感じていた洋書も簡単に読めるようになっているのに、実感があまり持てないのです。不思議です。

この頃になると、英語を読むことが自然なことのように感じていました。日本語を読むのと同じレベルまではいきませんが、ストレスを感じなくなっていました。

大きな変化はというか、自信もついたようです。普段は辞書を使わないで洋書を読むけれど、楽しむにはそれで十分。でも洋書を読む以外に、正確に書いている内容を理解しなくてはならない場面もあるはずで、そんなときには次のように感じるようになっていました。

辞書さえあれば何でも読める!という自信が、300万語達成してついた気がします。この気持ちは、200万語の時にはありませんでした。

300万語達成した後に、英検準1級に合格しました。がりがり勉強しなくても、合格できるくらいの力はついていました。勉強したくてもできない環境でもありました。丁度出産して子どもが1歳のときでした。もう仕事にも復帰していたし、育児にも時間が割かれます。そういう状態でも合格できたのは、日ごろから英語を読んでいたことが大きな要因となっているはずです。

実は出産後、洋書を読むペースを作るのも一苦労でした。授乳タイムや寝かしつけタイムが、洋書を読むことができる時間でした。

英語を読むことに、自信が芽生えてきた時期と言えそうです。300万語達成したときに書いたブログです。↓

『Vidia and the Fairy Crown』を読みました。そしてこのタイトルが、300万語通過記念となりました!なかなかたどり着かなかった遠い道、300万語。けれどもまだたったの300万語。ここからまだ先の世界が広がっていると思うと、わくわくします。

洋書を読むことがライフワークになった400万語到達時

400万語到達までに、トータルで941冊の洋書を読んできました。400万語まできて感じたことをブログに次の様に綴っています。

とうとう英語多読、400万語まできました。まだまだ衰えるどころか、もうすっかり生活の一部、いや私の人生の一部になってしまった多読。ここまでくれば、英語の本を読むことを止めるということはありえないと思います。

洋書を読むことがライフワークになり、洋書を読むのをやめるという選択肢がありえないという境地まできました。そしてこの境地をひとまず小さなゴールとして、まだその先を目指す決意をしています。その先に何があるかわからなくても。一人歩きできる自信がつき、地図(辞書)さえあればもうどこへでも行ける!と感じています。

400万語あたりから、これまでと違って辞書を時々引くようになりました。もしも多読を始めたときに辞書を引きながら読んでいたら、多分今のような辞書の使い方は身につかなかったかも知れないと感じています。辞書を使わないことで、辞書の使い方がわかった!という気持ちです。

こういう面白い学びもありました。私の場合は極端に英語ができなかったため、辞書を使っても読解できなかったのですよね。それでこんな独特な表現が生まれたというのもありますが、もう一つ、真面目に学校で英語の勉強をしていたら気が付かなかったかもしれない事実を見つけたからです。

上の引用には、はっきりとした表現がされていませんが、この中にはこのような思いがあります。これまで辞書を使わないで文脈や自分が既に持っている知識から推測をしながら、文章の流れの中で知らない言葉の意味を覚えてきました。それで気が付いたことは、辞書は絶対ではないということです。翻訳をしていると、辞書には載っていないけどここはこういう日本語を使うべきと思うことがあります。

分かりやすく言えば、辞書を使うときには辞書に載っている日本語に変に引っ張られることなく、英文全体の流れにとって最適と思われる自然な日本語をみつけることが出来るようになったということです。

400万語達成したときに書いたブログです。↓

行橋市図書館の洋書レビューです。今回はレオ・レオニの『Six Crows』。農夫とカラスの争いに、ふくろうが割って入ります。それから英語多読400万語を通過しましたので、そのご報告と今の気持ちをまとめました。

もうすぐ800万語に到達する今わかること

本を読む女性

今までで読み終えている洋書はトータル2514冊です。そこそこレベルの高い洋書も読めるようになった時期から、英語の絵本に戻って英語をじっくり味わって読むこともしていたため、冊数が多くなっています。

100万語や200万語のときには気が付かなかった、細かいニュアンス的なこともかなりわかるようになり、スピード重視よりもじっくり味わって感動して「ふ~」と満足して本を閉じ、余韻に浸るのも好きになりました。絵本の良さが分かり始めたのはほんの数年ほど前のことです。

英語が読めるだけで嬉しかったころは、レベルを上げていくことが喜びであり達成感でもありました。辞書なしで英語を読み始めたころは、絵本は子どもが読むものだと思っていました。けれどもそれは違うということ、今ならわかります。

また、辞書なしで洋書を読むことで得られる成果にも気が付いています。それは母国語でしていることと同じことができるようになるということです。つまり知らない単語があっても、無意識のうちに文脈や既に自分が知っている知識から一瞬のうちに虫食いの部分を埋める作業を行えるようになるのです。自然すぎて、知らない単語があることに気が付かないときもあるくらいです。

もちろん、どうしてもわからない言葉もあります。そんなとき、洋書を娯楽として読むときには無視して飛ばせばよいし、知っておくべき単語であれば調べれば済むことです。会話中であれば、相手に聞けばいいだけです。

語彙力はいつも足りていないと感じます。けれども辞書なしで洋書を読む訓練を通して、知っている語彙だけでカバーできることが多いことも感じています。知っている単語で知らないことをカバーする力こそ英語の運用力だと思います。それは英語の知識をただ増やすだけというのではなく、「使える」英語力ということになります。言葉は自分の内と外を理解するためのツールなので、「使えてなんぼ」なのです。

最後に、最近私が読み終えた『Never Let Me Go』(Kazuo Ishiguro著)の読後感を記録したブログを紹介して終わります。このブログ記事の初めのほうで紹介した私の感想文と比べたら、成長が分かると思います。継続は力なり!

『Never Let Me Go』を読了したので、私の読後感を書きます。私なりにこの作品に込められたメッセージを読み解いてみました。メインテーマと思われがちな〇〇にとらわれすぎると、本当のテーマが見えにくくなるのかもしれません。
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